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OCEP第五電算室

この国を今一匹の亡霊が徘徊している――クソネミと言う名の亡霊が。

その涙を疑う

3.11以降、郷里関係のものにめっぽう弱くなってしまった。「八重の桜」第一話冒頭、次々と砲弾が撃ち込まれる鶴ヶ城と「お城は渡さねぇ」「ならぬことはならぬのです」と呟き戦う川崎八重に、「花は咲く」の歌詞に、そしてこのCMに。

思いだしただけでも泣く。目頭が熱くなり、鼻がツーンと痛くなり、胸が締めつけられる。それこそパブロフの犬のように。

それでも、いやそれだからこそ、私はその涙を疑わなければならない。なぜ涙を流したのだろう? その後の苦悩を思ってか? 自分の苦難と重ね合わせてか?

涙を流す、それ自体は生理現象であり、自己的な理由で涙は流れる。だから、涙の有無で作品や物事の優劣を決める気はないし、見誤ってはいけないと思う。自分で感じたことが、自分の中では真実なのだから、流すこと自体に善悪を述べるつもりもない。

だが、その涙を利用する輩には気をつけなければなるまい。感動的ストーリーを押し売りするテレビや広告代理店、「お前たちも彼等のようにお国のために死ね」と主張する老人政治家。

涙に罪はないし、暫くはこの手の話で泣いてしまうだろう。ただ、涙に酔うことなく、潤んだ瞳で本質を見誤らないようにしたい。

痛みにも悩みにも貴賤はない。周りにどれだけ陳腐に見えようと、苦しむ本人にはそれが世界で一番重大な悩みだ。
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ゲーセンとかけそばと泣ける話とゲラゲラ笑う人達 - 脳髄にアイスピック

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